こんにちは!
ちょっかんライフです。
今回も一人暮らしの直観レーダーにピピピッと引っかかったアレコレを紹介してまいります。
MLBの記者会見やメディア対応を通じ、映像や記事等でよく目にする人物がいます。
ロサンゼルス・ドジャースの執行役員にして野球運営部門社長も務めるアンドリュー・フリードマン氏がその人。
今回は、同球団フロント陣容において重要な職務を担うフリードマン氏について調べてみました。
どうぞ最後までお付き合いください。
MLBにおけるフロント役職について
MLB公式のドジャースサイトでフロントオフィスの人員名簿を確認すると、役職欄のエグゼクティブ オフィサー(執行役員)の中に、「プレジデント,ベースボール オペレーション(President, Baseball Operations)」という肩書が記されています。
で、それを日本語訳で見ると「野球運営部長」と表記されるのですが、これは我々日本企業で用いられる部長職(Manager)とはニュアンスを異にするもので、実際には組織の長(President)であり野球運営部門トップの役職として捉えたいところ。
ということで、これから紹介するアンドリュー・フリードマン氏を、当記事内ではゼネラルマネージャー(GM)より職位が高く、執行役員を兼ねた野球運営部門社長として取り上げていきます。
年俸はどれくらい?
2010年代に入ってから、メジャーリーグでは従来の組織内には存在しなかった新たなポストを創設。
以前までの球団オーナーの下に、チーム構想と方針決定をするGMとフィールド上で指揮を執る監督、2つの要職を配した単純構造から、ゼネラルマネージャーのさらに上に野球運営を統括する社長職を据える人事編成へと変化していったのです。
そんな時流に乗るかのように2014年、ドジャースのフロントオフィス幹部として運営部門社長に就任したアンドリュー・フリードマン氏。
傑出した ”分析力” が買われ、同球団とは5年総額3500万ドル(当時レートで約42億円)という契約を結び、年収にして日本円で約8億4000万円はMLBの同職における最高額となりました。
さらに2020年のオフシーズン中には、フリードマン氏自身にとって過去最高額となる12年総額3億6500万ドル(当時レートで約390億5500万円)の契約に合意したともいわれています。
プロフィール
生まれ~学業~新社会人時代
名前:アンドリュー・フリードマン
出身地:アメリカ合衆国 テキサス州ヒューストン
生年月日:1976年11月13日(48歳)
地元の名士であった父親はテューレーン大で大学野球をしていたことから、地域のスポーツ施設に資金確保を担うハリス郡・ヒューストン・スポーツ局の会長を10年間務め、顧客にはアストロズ球団も抱えるユダヤ人弁護士でした。
父の影響もあって高校時代のフリードマン氏は野球チームに所属、外野手としてセンター(中堅)を守り1番打者でプレー。
チーム監督から「彼はリードオフヒッターでした。攻撃的で粘り強い選手でチームを引っ張っていく力がありました」との評価を受け、野球の奨学金を得て父親と同じテューレーン大学に進みます。
ところが1年生の秋、フリードマン青年は死球を受けて左手を骨折。やがて復帰するも、三塁へのスライディング中に今度は左肩を脱臼。傷めた肩が回復することはありませんでした。
フリードマン氏は若くして挫折を味わいましたが、その気持ちを将来の進路を見直すきっかけへと切り替えることに・・・。
「手術をしたところで他の選手はみんな自分よりずっと上手い。…もしこのスポーツにずっと関わり続けたいのなら、フィールド外で頑張らなければならない。」
1999年、テューレーン大学フリーマン経営大学院で財務を専攻し、経営学の学士号を取得。
在学中は、大手投資銀行ベア・スターンズ(Bear Stearns;当時)でインターンシップを経験、卒業時には同社から就職オファーを受けるほど優秀な成績を収めました。
ビジネスパーソンとしての可能性を拡げるチャンスでしたが、当初から ”プレーヤーは諦めても野球界で働きたい” と考えていたフリードマン氏。1999年、父親のコネを通じてアストロズ社長との面談にこぎつけますが、そこで意外な助言を受けることに。
「野球ビジネスは変化しています。ウォール街の仕事に就いて他者とキャリアの差別化を図り、その過程で人脈を広げておくことを強くお勧めします。」
こうして野球界に足を踏み入れる前に、前出のベア・スターンズ社でエントリーレベルのアナリスト(ジュニアアナリスト)として、証券市場の分析調査、データ入力、レポート作成など投資の基礎業務を担う仕事を2002年まで務めます。
続いてプライベートエクイティ会社(未公開企業の株式/事業に投資するファンドのこと)、ミッドマーク・キャピタル(Midmark Capital)で経営戦略、事業効率化、財務モデリングなどに携わり、アソシエイトとして3年間勤務したのでした。
米野球界でのキャリア
レイズ時代 2004-2014
Embed from Getty Images 2005年
記者会見場で報道陣とディスカッション。
2003年フリードマン氏はレイズの新オーナーとの出会いが縁となり、翌2004年から念願だった野球界でのキャリアをスタート。
Embed from Getty Images 2005年
レイズ時代、記者会見で新監督ジョー・マドン氏を紹介。
2年にわたり同球団で野球育成部長(the director of baseball development)を務め、2005年シーズン終了後には、弱冠28歳という若さで野球運営担当執行副社長兼ゼネラルマネージャー(executive vice president of baseball operations and general manager)に昇進。
これはレイズ初代GMの後任となる人事でしたが、球団オーナーはフリードマン氏に「最高選手を見つける以上の仕事をしてほしい」と、肩書きを単なるGMにはしなかったとされています。
同職に就任して以降は球団の立て直しに奔走。2006年から2014年までの9シーズンでレイズを2度の地区優勝(2008年、2010年)含む4度のポストシーズン進出へと導いたのです。
Embed from Getty Images 2010年
レイズのフロント時代、試合開始直前に記者団の取材に応じる。
また2008年の優勝時にはその実績が評価され、『スポーティング・ニュース』社の「エグゼクティブ・オブ・ザ・イヤー賞(年間最優秀経営幹部者)」に輝きました。
Embed from Getty Images 2013年
レイズ時代、オールスターに初選出された選手へ専用ジャージを手渡す。
ドジャース時代 2015-現在
メジャーリーグの球団フロント人事を巡る新たなムーブメントは、やがてMLB全体を巻き込み各チーム運営にも影響を及ぼすようにーー。
2014年10月中旬、ロサンゼルス・ドジャースは新設した運営編成部門の 野球運営社長(President of Baseball Operations)にアンドリュー・フリードマン氏が就任したと発表。
ドジャース入団に際しスタン・カステン社長兼CEO(President & CEO)は、球団の未来請負人に全幅の信頼と期待を寄せ、彼をこう評しています。
「現代の野球界で最も若く、最も聡明な人物の一人。”one of the youngest and brightest minds in the game today.”」
Embed from Getty Images 2016年
前田健太投手ドジャース入団記者会見に同席。
2015年シーズン終了後、球団は元ドジャース外野手のデーブ・ロバーツ氏を前監督の後任に抜擢。
2017年にフリードマン氏率いるフロントオフィスは積極的なトレードを展開し5年連続ナ・リーグ西地区タイトルを獲得、1988年以来初のワールドシリーズ進出も果たします。
惜しくもアストロズに敗退したものの、スポーツ誌『ベースボール・アメリカ』はドジャースを2017年の「組織オブ・ザ・イヤー」に選び、球団トップから現場ボトムまでその功績を称えました。
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試合前のフィールドに顔を出すフリードマン氏。
2020年のドジャースは COVID-19で短縮されたレギュラーシーズンながら、同氏にとって古巣のレイズを破り32年ぶりのワールドシリーズ制覇。
フリードマン氏は『MLB』による「年間最優秀エグゼクティブ賞」を受賞。
また『ベースボール・アメリカ』誌は再びドジャースを「組織オブ・ザ・イヤー」に選出するとともに、フリードマン氏を「年間最優秀経営者」に選びました。
その後、2022年と2023年のポストシーズンではわずか1勝にとどまるなど、両シーズンは早期敗退。
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ナ・リーグ優勝決定シリーズでチームが勝利、トロフィーを掲げる。
そして2024年開幕前、ドジャースのフロント陣営は大谷翔平をはじめとするスター選手との大型契約を次々と実現。
同年はフルでシーズンを戦い抜き、チームにとって球団史上8度目、2020年代では2度目のワールドシリーズ優勝を手にしました。
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スプリングトレーニングにも頻繁に姿を見せ報道陣対応を欠かさない。
2025年はフリードマン氏らが力を入れ、ドジャース成功の一つにも挙げられるファームシステムの充実によって、球団が大事に育成してきた選手らを徐々にメジャーへコールアップ。
今後チームは、さらなる若返りが図られるかもしれません。
以上、ロサンゼルス・ドジャースで重要な職務を担うアンドリュー・フリードマン氏について紹介しました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。