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メッツ対ヤンキース「サブウェイ・シリーズ」!伝説の名場面15選

MLB

こんにちは!

ちょっかんライフです。

日常のなかで、直観レーダーにピピピッと引っかかったアレコレを取り上げるページへようこそ。

ニューヨークを本拠地とするメッツとヤンキースがプライドをかけて激突する、通称「サブウェイ・シリーズ」。

リーグの順位に関わらず、街全体を熱狂させるこの伝統の一戦について、MLB公式サイトは日本時間5月15日(金)、歴史的な名場面を振り返る特集記事を公開しました。

MLB.comのシニアコンテンツプロデューサーであるジョー・トレッツァ氏と、ニューヨークを拠点とするマット・ケリー記者が連名で執筆したこのレポート。2000年のワールドシリーズでの直接対決や、ロジャー・クレメンスとマイク・ピアザの間に起きたあの一触即発の因縁など、ファンの記憶に深く刻まれた象徴的な瞬間などが詳しく紹介されています。

劇的なサヨナラ打、予想外のエラー、そして記録的なホームラン――。単なる「一試合」の枠を超え、数々のドラマを生み出してきたこの対戦は、なぜこれほどまでにニューヨークのファンを魅了し続けるのでしょうか。

今回は、同レポートが選出した「15のエピソード」を通じて、野球界で最も熱いライバル関係であるサブウェイ・シリーズの、計り知れない魅力と重要性を紐解いていきます。

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NYが熱狂した「サブウェイ・シリーズ」忘れがたい15エピソード

各エピソードの全体像を把握するためのガイドとして、記事で紹介する名場面をいったん時系列順にまとめました。

日付出来事のキーワード
1997年6月16日ep.1 初の公式戦対戦と完封劇
1999年6月5日ep.2 グラブごと投げてアウト奪取
1999年7月10日ep.3 守護神リベラからの逆転サヨナラ打
2000年7月8日ep.4 衝撃の頭部死球と因縁の幕開け
2000年7月8日ep.5 英雄ドワイト・グッデンの帰還
2000年10月21日ep.6 本塁での明暗、走塁ミスと完璧な守備
2000年10月22日ep.7 前代未聞の「折れたバット投げ入れ」
2000年10月25日ep.8 流れを決定づけた初球先頭打者弾
2000年10月26日ep.9 ヤンキースがワールドシリーズ制覇
2002年7月15日ep.10 2年越しの報復と意地のホームラン
2005年5月21日ep.11 ク・デソン(具臺晟)の奇跡の激走
2006年5月19日ep.12 デビッド・ライトの劇的サヨナラ
2009年6月12日ep.13 勝敗を分けた痛恨の落球
2017年8月16日ep.14 アーロン・ジャッジの特大ホームラン
2020年8月30日ep.15 絶体絶命からの大逆転劇

2000年、ニューヨークの野球ファンにとって夢のような出来事が起こりました。史上初めて、ヤンキースとメッツが「ワールドシリーズ」という世界最高峰の舞台で激突したのです。

激闘を制したヤンキースは、見事3連覇(5年間で4度目の世界一)を達成。のちに、揃って殿堂入りを果たす2人のレジェンドの活躍により、歓喜と悔しさに二分されたシェイ・スタジアムの光景は、まさにニューヨーク野球史の金字塔。

「これ以上に記憶に残る瞬間は、後にも先にもない」と言わしめる、伝説の一戦です。

ep.6 ティモ・ペレスの本塁アウト(2000年10月21日)
第1戦の勝負を分けたのは、一瞬の「油断」でした。0対0で迎えた6回、メッツの新星ティモ・ペレスは、味方のトッド・ジール(元阪神)の打球がホームランになると確信し、ゆっくりと走り始めます。しかし、打球はフェンスを直撃。ペレスは慌てて加速したものの、時すでに遅し。デレク・ジーターの見事な中継プレーと捕手ホルヘ・ポサダの完璧なタッチにより、本塁でタッチアウトに。

試合はその後、延長12回にヤンキースがサヨナラ勝ち。もしペレスが全力疾走していれば、メッツが先勝していたかもしれません。一瞬にして悪夢と化したこの走塁は、メッツファンの心を凍りつかせた、シリーズ最初の象徴的な名場面です。
ep.8 ジーターの先頭打者ホームラン(2000年10月25日)
第4戦の開始直後、ジーターが放った初球の一振りがシリーズの行方を決定づけました。
まさに「鋭い短刀(コンパクト・ダガー)」のような鋭いスイング。ボビー・ジョーンズの初球を完璧に捉えたこの先頭打者ホームランにより、ヤンキースは一気に勢いに乗り、3勝1敗と王手をかけました。
ep.9 ヤンキースがワールドシリーズ制覇(2000年10月26日)
シリーズ最終戦、守護神マリアノ・リベラが最後のアウトを取り、ヤンキースが3年連続、5年間で4度目という黄金時代を象徴する優勝を飾りました。MVPに選ばれたのは、若きリーダー、デレク・ジーター。歓喜に沸くファンと、地元シェイ・スタジアムでの敗北に唇を噛むファン。

スタジアムが喜びと苦い感情で真っ二つに分かれたあの光景こそ、サブウェイ・シリーズの真髄そのものでした。

メジャーリーグでは、その長い歴史において、スポーツマンシップの境界線をも揺るがすほどの激しい感情がぶつかり合うことがあります。

ロケットが発射されるかのような力強い投球フォームから、ヤンキースの ”ザ・ロケット”と呼ばれた剛腕ロジャー・クレメンスと、驚異的なバッティングでチームをプレーオフの常連チームへと引き上げたメッツの英雄、マイク・ピアザ

二人のスーパースターの激突は、単なるライバル関係を超えた「事件」へと発展し、ニューヨーク中を騒然とさせました。

ep.4 衝撃の頭部死球(2000年7月8日)
始まりはダブルヘッダーの第2試合でした。以前ピアザに満塁弾を打たれていたクレメンスの内角高めのストレートが、ピアザの頭部を直撃。衝撃のあまり数分間動きを止めたピアザは、脳震盪で1週間の離脱となります。一歩間違えれば選手生命に関わる大惨事。

ここから二人は、修復不可能な関係性へと突入します。そして、遺恨は恐ろしいほどの熱量を帯びたまま、さらに大舞台のワールドシリーズへと発展していくのです。
ep.7 折れたバットの投げ入れ(2000年10月22日)
ワールドシリーズ第2戦、サブウェイ・シリーズ史上最も異様な緊張感に包まれた伝説のシーンが生まれます。
ピアザの打球でバットが真っ二つに折れ、その破片が投手クレメンスの方へ飛んでいきました。すると、クレメンスはその破片を拾い上げるやいなや、一塁へ走るピアザの足元へ投げつけたのです。両軍のベンチから選手が飛び出し、場内は一触即発の嵐に。

試合後、クレメンスは「故意ではなかった」と繰り返しましたが、その言葉を信じる者は皆無でした。二人の執念が歪んだ形で爆発した狂気のワンシーンです。
ep.10 エステスの報復と意地のホームラン(2002年7月15日)
この因縁劇は2年後、意外な形で決着します。メッツの先発ショーン・エステスは、チームの英雄ピアザの仇を討つべく、打席に立ったクレメンスへの報復死球を試みるも、失敗。メッツファンを失望させましたが、しかし彼はバットで意地を見せました。

なんとその裏の打席、クレメンスからホームランを放ったのです。クレメンスが相手投手から本塁打を浴びたのは、長いキャリアでこれが初めて。

これ以上の屈辱はない、完璧なリベンジとなりました。

※2002年当時は、ナショナル・リーグのみ「投手が打席に立つ」ルール(DH制なし)を採用していたため、このようなドラマが生まれたといってもよいでしょう

野球の神様は、時に意外なサプライズを用意してくれます。その、理屈では説明できない ”まさか” の瞬間が、ファンの心を大きく揺さぶるのです。

ep.2 エル・ドゥーケのグラブ投げ(1999年6月5日)
ヤンキースのオーランド・ヘルナンデス(通称エル・ドゥーケ)が見せたのは、驚くべき機転でした。
メッツのレイ・オルドニェスが放った打球がグラブに挟まって抜けなくなると、彼は迷わず『グラブごと』一塁へ投げ、アウトを奪ったのです。

ルールを逆手に取ったような執念のプレーに、世界中が驚愕しました。
ep.11 ク・デソンの激走(2005年5月21日)
救援投手のク・デソン(具臺晟)が見せた「最もありそうにない」物語です。

打席など期待されていない彼は、大投手ランディ・ジョンソンから二塁打を放つと、続くバントの間に二塁から一気に本塁へ突入。実はジャケットのポケットに「重り」を入れたまま走っていたのですが、見事なダイブで生還。後日、彼は「中学生以来、走ったことがないよ」と笑いながら語りました。
ep.13 ルイス・カスティーヨの落球(2009年6月12日)
勝利まであとアウト1つ。メッツの勝利は目前でした。
ヤンキースのA-ロッドことアレックス・ロドリゲスが打ち上げた平凡なフライ。しかし、二塁手ルイス・カスティーヨのグラブから、ボールは無情にもこぼれ落ちてしまったのです。逆転サヨナラ勝ちという信じられない結末。
野球の残酷さと面白さが一瞬に凝縮された、劇的幕切れとなりました。

ニューヨークの空の下で繰り広げられる「地下鉄が結ぶ決闘」。その情熱は過去の英雄から現在のスターへと引き継がれていきます。

ep.5 ドワイト・グッデンの帰還(2000年7月8日)
かつてメッツで衝撃的なデビューを飾り、史上最年少にしてサイ・ヤング賞に輝くなど社会現象を巻き起こした“ドクターK”ことドワイト・グッデン

キャリア最終年を迎えていた彼はヤンキースのユニフォームを纏い、19歳でマウンドを踏んだ古巣本拠地シェイ・スタジアムに戻ってきました。
奇しくも、あのクレメンスvsピアザの死球劇が起きる直前のダブルヘッダー第1試合。グッデンが記録した三振はわずかに「1」ながら、見事勝利投手に輝きます。

ニューヨークを支配していた頃の面影はなくとも、往時の英雄が宿敵の姿で白星を挙げる。そこには、勝負の厳しさと時を超えた深いノスタルジーが同居していました。
ep.14 ジャッジの特大ホームラン(2017年8月16日)
この年の前半戦を席巻し、スターダムを駆け上がっていた当時25歳のアーロン・ジャッジ。しかし、この時期の彼は「37試合連続三振」という深いスランプの真っ只中にありました。

そんな雑音を、若き大砲は自慢の一振りで完璧に黙らせてみせます。敵地シティ・フィールドでのメッツ戦、ロバート・グセルマンの投球を捉えた打球は、打球速度117マイル(約188.3km/h)、飛距離457フィート(約139.3m)を計測。
レフト側3階席へと突き刺さる超特大弾に、MLB.comの本レポートも、「バットに当たりさえすれば、いつでも観客の息を呑ませることができると証明した」と大絶賛。

まさに、新時代の怪物が放った復活であり、その後に続く驚異の始まりを告げる狼煙でした。

時代を彩る主役たちは、絶体絶命のピンチこそが自分たちの舞台であることをよく知っているのです。

ep.3 ep.12 リベラを打ち砕いた男たち(1999年7月10日 / 2006年5月19日)
ヤンキースが誇る史上最高の絶対守護神、マリアノ・リベラ。彼を土壇場で打ち崩すことほど、メッツファンにとって胸のすく瞬間はありません。レギュラーシーズン屈指の熱狂を生んだ、2つのサヨナラ劇です。

・マット・フランコの代打逆転サヨナラ打
目まぐるしくリードが入れ替わり、マイク・ピアザのド派手なバットフリップも飛び出した大熱戦。9回裏、代打のフランコは0ストライク2ボールと絶体絶命に追い込まれます。しかし、「疑惑のボール判定」という幸運も味方につけると、リベラから起死回生の2点適時打を放ち、スタジアムを狂喜乱舞させました。

・デビッド・ライトの4点差大逆転サヨナラ打
メッツの若きスター、デビッド・ライトがリベラから放ったサヨナラ打は、センターフェンスを直撃する特大の当たりでした。本来なら二塁打コースですが、サヨナラの走者が生還した時点で試合終了となるため、記録上は「シングルヒット(単打)」に。野球ファンにはたまらない贅沢なトリビアです。
ep.15 ヒックスとウルシェラの逆転劇(2020年8月30日)
パンデミックのさなか、「7回制ダブルヘッダー」という特別ルール下で行われた一戦。
ヤンキースは最終7回裏、2対7の窮地に追い込まれ、残りアウトはあと1つ。データ上の勝率はわずか『500分の1』という絶望的な状況から、前代未聞の狂想曲が始まりました。

満塁からルーク・ボイトが放った執念のハーフスイング安打で2点差。このとき、三塁へ進んだタイロ・エストラダがあえてスライディングせず、相手のグローブからボールを弾き飛ばす執念のプレーで奇跡を繋ぎます。直後、アーロン・ヒックスがメッツの守護神エドウィン・ディアスの98マイル(約158km/h)を捉えて同点3ラン!
試合は延長(8回)へもつれ込み、最後はジオ・ウルシェラが痺れるサヨナラ打を放ち、ヤンキースが狂乱の逆転劇を完成させました。

最後に、このシリーズがニューヨークの「文化」へと昇華していった原点について見ていきましょう。

ep.1 すべての始まり(1997年6月16日)
1997年、ついにファンが待ち望んだレギュラーシーズンでの初対決(インターリーグ)が実現しました。

旧ヤンキー・スタジアムを埋め尽くしたのは、56,188人という地鳴りのような大観衆。この歴史的な幕開けで主役に躍り出たのは、メッツの右腕デイブ・ムリッキーでした。
ムリッキーはヤンキースが誇る強力打線「ブロンクス・ボンバーズ(Bronx Bombers)」を相手に、なんと6対0という圧巻の完封勝利を飾ります。試合終了間際、屈辱にまみれた本拠地のヤンキースファンが次々と席を立つ中、球場に残った約2万人のメッツファンが歓喜に酔いしれました。

これこそが、四半世紀以上続く狂熱のライバルストーリーが産声をあげた瞬間です。

時代を超えて愛される「サブウェイ・シリーズ」

今回ご紹介した15のエピソードを振り返ると、サブウェイ・シリーズがいかにドラマチックで、人々の感情に訴えかけるものであるかが分かります。歴史的な快挙、衝撃的なシーン、そして思わず笑ってしまうような珍プレー――。

そのすべてが「隣の街のチームにだけは絶対に負けられない」という、強烈なライバル意識から生まれていました。

このシリーズを通し、レジェンドたちが築いた情熱のバトンは、現在のスター、そして未来の世代へと確実に引き継がれ、地下鉄が両スタジアムを繋ぐたびに私たちはまた新しい歴史の目撃者となっていきます。

四半世紀を超えてファンを魅了し続けるこの決戦は、これからも永遠に、ニューヨークで、そして球界で特別な輝きを放ち続けることでしょう。

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